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有田焼の歴史

◆有田焼とは◆
有田焼とは、佐賀県有田町周辺で焼かれた磁器のことを言います。
江戸時代、有田一帯で焼かれた磁器は、伊万里港から出荷されていたため、その当時はその名を取って「伊万里焼」と呼ばれていました。
明治時代に入り、やきものは生産地の名前で呼ばれることが一般的となり、有田で焼かれた磁器は「有田焼」と呼ばれるようになりました。

◆有田焼の誕生◆
日本で初めて磁器が誕生したのは、今から400年前とされています。
豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、佐賀藩の藩祖 鍋島直茂が朝鮮半島の陶工たちを連れて帰りました。
その中のひとり李参平(りさんぺい)が、良質の原料を求め有田に入り、1616年 有田の泉山で磁器の原料となる陶石を発見しました。
その後、李参平は窯を開き日本で初めて白磁を焼いた有田焼の祖と言われています。
そこから有田の磁器生産が急速に発展し始めたとされています。
泉山磁石場
李参平が発見した泉山磁石場

◆有田焼の三つの様式◆
【古伊万里様式】
肥前有田で江戸期に生産された、濃い染付と、金襴手(きんらんで)と呼ばれる赤や金の絵の具を贅沢に使った模様からなる様式です。この名称は、これらの磁器が有田に隣接する伊万里港から積み出されたことに由来しており、「古伊万里」と呼ばれる骨董品の多くは有田の地で作り出されたものを指しています。絢爛かつ豪華な装飾性が特徴です。
古伊万里様式
「色絵桜樹群馬文八角壺・広口瓶」
佐賀県重要文化財
佐賀県立九州陶磁文化館所蔵

【柿右衛門様式】
濁手(にごしで)と呼ばれる乳白色の背景に余白を十分に残しながら、色鮮やかな赤・青・緑・黄で草花文様や動物文様を控えめに配置し、独特の調和美を格調高く見せている様式です。また、柿右衛門様式の美しい作品は、ヨーロッパなどにも輸出され、ドイツのマイセン窯など世界各国で模倣品が作られました。
柿右衛門様式
「色絵唐獅子牡丹文十角皿」
佐賀県重要文化財
佐賀県立九州陶磁文化館所蔵

【鍋島藩窯様式】
佐賀県一帯を統治していた鍋島藩の御用か禁裡、幕府への献上用として作られた磁器の様式です。その技法は、染付と赤・黄・緑を基調とした「色鍋島」や藍色で精細に描かれた「藍鍋島」、自然の藍翠色の「鍋島青磁」などがあります。
鍋島藩窯様式
「染付鷺文三脚付皿」
国重要文化財
佐賀県立九州陶磁文化館所蔵

◆現在の有田焼◆
現在の有田焼は、現在社会にマッチしたモダンなデザインの器が、次々に誕生しています。
職人をはじめ有田焼に携わる人々は常に時代と向き合い、先人たちから受け継がれた歴史と伝統を守りつつ、進化した有田焼の開発に日々取り組んでいます。

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